くまごり 広島ラーメン.com

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奮闘努力編<

□一喜一憂

オープンから3ヶ月がたった。

厳しい寒さの中、
2月にローカル放送でテレビの取材を受け、「くまごり」のラーメンが放映された。

次の瞬間から店内は賑わいを見せた。

次から次。

引けを切らないお客様の列に、
「やっぱりテレビのチカラはすごいのぅ」
素直に感心した「くま」こと新本一弘、「ごり」こと新宅昭功。

しかし、その「賑わい」は一瞬のものとなった。
飲食店を一般消費者が評価する、口コミサイトの存在。

初めて不特定な大勢の目にさらされることとなった「ラーメンくまごり」。

評価は真っ二つに割れた。
賛美両論である。

もちろん、どこの新規店も同じ洗礼を受けることは知っている。
そして、完璧な万人受けなど無いということも理解していた。

しかし、そこには想像を超え、受け取りきれないほどのシビアな現実があった。

獲得票は、丁度二つに割れていた。

「うまい」と言って通い続けてくれる方。
書き込みで「キツイ評価」をくださる方。

当たり前のことかも知れないが評価はこの2種類しかなかった。

また、落ち込んでゆく売上げ。

只々一心不乱にラーメンづくりに全力を傾けている「ごり」を見て、
経営者である「くま」は心の底から思った。

「商売としてはお客さまを増やさなくては。」

自分たちが美味いと思っているものを、そのままお客さまの味覚に
生き写して、「美味い」と言ってもらうこと!

・・・・・・などできることがあるはずがない、ということを悟るしか無かった。

「自信の一杯」をつくり、提供することはラーメン屋として当然のことだ。
しかし、その「自信の一杯」をしっかり売ってこそプロフェッショナル。

一人でも多くのお客様に食べて頂いてこそ、自分たちの存在意義がある。

「どうしたらいい?」

「くま」は悩んだ。「ごり」も悩んだ。

二人「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

悩むのに慣れていない二人は完全に行き詰まった。

オープンしてからの半年間の売上の落ち込み。
売上が落ちているということは、
お客様に食べて頂けていないということ。

スープが余る、捨てる。

泣きながら、「そんなに美味くないのか?」
とつぶやく「くま」。

じっと唇を噛んだままそれを見ている「ごり」。

□三人目の登場人物

ある時、「くま」が言った。 「あのさぁ、ごりさん。オレ、バイトにでようかと思うんじゃが。」 実は、支払いができないくらい切羽詰まっていたのだ 目を丸くした「ごり」。 「バイトって、どこによ?」 事もなげに返す「くま」 「いや、ラーメン屋かコンビニに。」 それを聞いて「ごり」は口パクで返した。 「(お・ま・え・バ・カ・か?)」 呆れ返って声が出なかったのだ。 「どうやったらお客様に来てもらえるのか?」 「くま」の頭の中で繰り返された言葉。 一口スープを啜ってもらえさえしたら。 麺を味わってくれさえしたら。 【売り方の勉強をしなくてはいけない】 「くま」は時間を見つけては本屋でビジネス書を読みあさった。 その中の一冊の本。
広報ジャーナリストの福満ヒロユキの著書、 「メディアを動かすプレスリリースはこうつくる!」 (同文舘出版)に目を通したとき、「これじゃ!」と思った。 その本にはいかにして新聞、テレビの取材を受けて人々に存在を知ってもらうかが書かれていた。 【欲しくなってもらわなくては売れない。欲しくなってもらうには伝わらなくてはならない。 伝わる前に知ってもらわなくてはならない。】 しっかりと立ち読みした後、きちんとレジへ。 何度も読み返した。 何度も、何度も、何度も。 著者の福満ヒロユキは、通称「グリズリー」と呼ばれている。 グリズリーとは北米に生息する「灰色熊」である。 「くま」は妙な親近感を覚えた。

□ひらめきと行動

店に出ている以外、「くま」は口を閉ざしたままだった。 それを見かねたのか、「ごり」が声をかけた。 「のう、くまよぅ。」 「ん?」 「もう知っとることやろうから、わざわざ言うのもなんやけど」 ボソボソと切り出した「ごり」。 それにイライラを隠しきれない「くま」。 「じゃけぇなんなんね?」 頭をかきながら「ごり」が言った次の言葉は、 「お前が思いついたラーメンじゃったら、どんなもんでもカタチにしちゃるけぇの」 次の瞬間、「くま」の脳みそに衝撃が走った! 「おい!ごりさん、それや!」 興奮を隠せない「くま」。 「え?なにが?」とあっけに取られている「ごり」。 今度は輝かしい笑顔の「くま」が発した次の一言に 「ごり」は衝撃を感じた! 「ごりさん、美味いラーメンなんか存在せんのじゃ!」 これには一瞬にして顔を真っ赤にした「ごり」、 「なんじゃと!?ワシのつくるスープがマズイってことか!?」 さすがに表の通りを歩いていた人が立ち止まる勢いの剣幕。 慌てた「くま」、 「違うって、ごりさんのつくるスープは最高じゃって、じゃけぇ、な、な、」 まさに「ゴリラをなだめる熊」である。 「くま」こと「新本一弘」は気づかされたことがあった。 自分たちのつくるラーメンの味を、お客様に「押し付けて」なかったか? もちろん、ウチの「くまラーメン」、「ごりラーメン」を気に入って足げに通ってくれるお客様もいてくださる。 でも「もっと違う味を求めているお客様」も沢山いるはず。 そう、「くま」が気づいたこととは、 「全ての人に美味いラーメンって、無いんだ」。 それは全て人の好みだということであった。 こんな言葉もある。「十人十色、千差万別」。 そこで「くま」は考えた。 「十人十色だったら十種類つくったらえぇじゃん」。 発想はカンタンだが、実行するにはカンタンではない。 しかし、ラーメンくまごりには、どんなラーメンでもカタチにしてくれる素晴らしい職人がいる。 「ごり」こと「新宅昭功」だ。 「でも、くまよう。つくるのはええけど、どうやって知ってもらうんじゃ?」 そうである。 食べてもらえなければ、どうしようもない。 そして、店はすでに死活問題に直面している。
「ごりさんよ、前に福満ヒロユキっちゅう人の本、読んで話し合ったん覚えちょるか?」 一瞬【??】が頭をよぎる「ごり」。 「福なに、誰?」 「ほら、グリズリーってあだ名の、」 【??】が【!!】となった「ごり」 「ああ、灰色熊のグリズリーさん!」 「いっそのこと、相談してみようと思うんじゃが」 「思い立ったが、吉日」ならぬ【思い立ったが、期日】のふたりであった。

□それは魔法でもオカルトでもなく、理論とカラクリだった

そこで種類の研究を始めた「くま」と「ごり」。 元々の「くまラーマン」「ごりラーメン」に加えて、 黄金の鶏がら、「ごりラーメン」に「白湯ラーメン」があってもいいじゃないか。 「白ごり」の誕生である。(2012 5月発表) 豚骨で、パンチがきいた「コッテリラーメン」である「こてくま」(2012 8月発表)は、 とにかく濃い味にこだわった濃厚とんこつ醤油ラーメンである。 変わり種でカレーラーメン(2012 9月発表)はスパイスの効いた「元気な夏の風物詩」と謳われた。 ミソラーメンは冬に向けて開発に取り組んだ。(2013 1月発表)普通のミソではなく隠し味に「うにみそ」を入れた。 「うに香る芳醇こく味噌ラーメン」の誕生。 とにかく、「くま」と「ごり」ふたりは笑いながら、喧嘩しながら文字通りの奮闘努力を重ねた。 風味豊かでキレの良い平釜塩ラーメン。(2013 1月発表)普通のミソではなく隠し味に「えびみそ」を入れた。 昔ながらの中華そば。(2013 2月発表)これはチャーシューとネギともやし、だけのシンプルな一杯。 これで一気におじいちゃん、おばあちゃんのお客さまが増えた。 「よっこら」と杖をついてきてくれる。 「懐かしい味じゃのぅ。」 その様子と味を見比べながら、 あるお客様がつぶやいた「まるで味のタイムスリップだ」と。
ひとつ新しいラーメンを出すたびに新しいフアンが生まれる。 広報ジャーナリストの「グリズリー」は持論である「理論とカラクリ」でメディアへの情報発信のアドバイスを行う。 新商品のどれもが魔法かオカルトの如くテレビ番組や雑誌等の取材を受けた。 この頃には「くま」は確信していた。 「やり続けなきゃいけない」、と。 この春、広島で大流行の「汁なし坦々麺」。(2013 5月発表) また取材が入った。他府県の汁なし坦々麺と違って、広島では山椒が効いている。 実は「くま」は辛いのが苦手である。
「そんなボクでも食べられる、汁なし坦々麺をつくりたかった」。 鶏がらスープを使い、ラーメン屋ならではの味を追求した。 「こてくま」のこてだれ。あっさりの「ごり」スープを合わせた「こてごり」は、ワンコイン500円での提供を開始してみた。 ランチはそれを「ひる麺セット」。(2013 5月発表)として提供。 麺とスープだけのラーメンに、ごはんと小鉢(日替わり)をつけた。 気分に応じてチャーシューともやしとネギはトッピングで対応した。 値段も手頃な650円だ。 ネーミングにもこだわった。 昔ながらの「とんこつ醤油ラーメン」。 その名は、 「おしい!広島ラーメン」。 広島県の観光課に許可をもらい「おいしい、じゃなくって、おしい!」 事実上広島観光用キャッチコピーとのコラボレーションだ。 トンコツといいつつ、鳥も入れる。 「ちょっぴりガサツで荒々しいところ」は、広島生まれの広島っ子である「くま」と「ごり」ならではの感性である。 今一歩、全国区に手が届かない【広島ラーメン】を表現してみたのだ。

□100発5中でいいじゃないか。

現在、「ラーメンくまごり」は行列のできるラーメン屋として奮闘している。 このドラマの裏には「2つのやって良かったこと」がある。
そのひとつは、 広報ジャーナリストの福満ヒロユキに連絡し「ストーリーづくりをした」こと。 そして「あきらめずにメディア各所へプレスリリースを送り続けた」こと。 数々のテレビや雑誌に取り上げられるきっかけになった。 もうひとつは、 そのストーリーを広めるために「フェイスブックを始めた」こと。 始めて1年間で600「いいね!」を獲得し。それは大きな自信につながった。
この2つをしていなかったら、間違いなく店が潰れていた。 「くま」こと「新本一弘」は思う。 思いついたことはまずやってみる。 100思いついて、その内の95は「だめだこりゃ」。 でも、やってみなければその中の「5」に出会うことは無い。永遠に。 毎回カレーラーメンを注文してくれるお客様がいる。 「今日こそは違う味にトライしてみよう」と塩ラーメンを試してみる。 「美味かった、ごちそうさま!」と言って満足げに帰ってゆく。 が、次来た時は、「やっぱりカレーラーメンにするね」 と、また戻る。 それもステキなことなのである。 最近は、ご来店された瞬間「カレーラーメン」をつくり始める。 お顔とお名前、そして毎回ご注文頂くラーメンを覚えてしまっているからだ。 そんな時に限って、そのお客さまから「今日は何にしようかな?」なんて声を聞く。 ドキッとする「くま」と「ごり」。 「いかんいかん、気を付けよう。」とタスキを締め直す。 そんな2人を見て、最近では、 「今日カレーじゃないからね」って言ってくださるようになった。 「(お気遣いいただき有難うございます)」と、そっと心の中で手を合わせる。 何度も頭を打って、何度も失敗して。 「くま」と「ごり」は泣いて、笑って。 人に助けられて、感謝して。 今日も「ラーメンくまごり」には行列ができた。 でも、「くま」も「ごり」も行列とは見ていない。 「ひとりひとりのお客様」としか見えていないのだ。 福満ヒロユキ

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